stay close #ハドアバ
武人ハドラー×大勇者アバン
大戦後のハドラー復活ifのハドアバ。
アバン先生が先に亡くなるお話ですが、転生とかはありません。
ハッピーエンドではありませんが、バッドエンドでもありません。
死ネタですので苦手な方はご注意下さい。
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――アバン享年47歳。
大勇者の早すぎる死に、皆悲しみに暮れた。
◇
アバンがハドラーを蘇らせたのは15年前のことだ。
ハドラー、私のことがわかりますか? あなたは一度この世を去りましたが、私の我儘であなたを蘇らせました。ダイくんの捜索に力を貸してもらえませんか? あなたの協力が必要なんです。ただ、蘇らせた理由はそれだけじゃありません。亡くなる直前のあなたは、私の知らない間に以前とは全く違う武人になっていて……。もっと知りたいと思ったんです。あなたのことを。
どうやって蘇らせたのかって? もちろん禁呪法ですよ。ヨミカイン遺跡が発掘されたんです。随分昔に崩れて無くなってしまったのですが、少し前にあの辺りで大きな地震があって断層ができたんです。一部の書架が奇跡的に残っていました。その中にあったのは魔族の人体錬成の本でした。これほど運命を感じたことはありません。
反対? もちろんされましたよ? 魔王を蘇らせるなんてとんでもないと。私が錬成対象の『情報』としてあなたの遺灰のほかに私の身体の一部も入れた呪法で作り出しました。なので、術者である私の命が尽きるときあなたの命も尽きます。みなさんへは、もし蘇らせた魔王が再び脅威となったときは自ら命を絶ちますと宣言しましたよ。
「どうか私を長生きさせてくださいね」
目覚めて間もないハドラーに矢継ぎ早に早口で状況報告をすると、アバンはいたずらっぽく笑いかけた。
「今更人間をどうこうしようとは思わん」
フンッと鼻を鳴らしたハドラーのことをアバンは優しい眼差しで見つめている。
ポップを死なせずに済んだ。アバンの腕の中で灰となった後、ジャッジのメガンテからアバンを守れた。それで十分だ。オレに思い残すことはなかった。最早、地上を支配するなどという考えは毛頭ない。
「あなたには、残りの人生を私と共に生きてもらいます。ノーとは言わせませんよぉ」
アバンは人差し指をピンと立て、仰向けに横たわるハドラーの鼻先をちょんとつついた。
「起き抜けにペラペラと喋られても頭が追いつかんわ」
やめんか、とアバンの指を手で払いのけ顔を背けようとすると、
「いいから! イエスかハイで答えてください」
ハドラーの頬をぐっと両手で挟み、強制的にアバンのほうへ顔を向けさせた。
何がイエスかハイだ。選択肢が一択しかないだろうが。
「……イエスだ」
口をへの字に曲げたハドラーが観念したように答えると、アバンはまるで弟子に話しかけるように「はい。よく出来ましたね」とにっこり笑い、ハドラーの身体を抱き起こした。
元勇者と元魔王、人間と魔族、光と闇、対極にある二人だったがまるで磁石のS極とN極のように強く惹かれ、お互いを求めるまでさほど時間はかからなかった。
なんでもない平凡で穏やかな日常が、ずっと続くと思っていた。
アバンと共に命尽きるその日まで。
◇
ハドラーを蘇らせるために、相当な寿命を使ってしまったのだろうか。
アバンは自分の死期を悟っていた。アバンの一部を取り込み蘇ったハドラーにもその感覚は分かった。
術者である私の命が尽きるとき、あなたの命も尽きます、とアバンは確かにそう言っていた。はずなのに。どうしてか、ハドラー自身には死の兆候がなかった。
一体どういうことなんだ?
「もしかしてパーフェクトに蘇生しちゃったんですかねぇ? 私ってやっぱり天才でしたか、ははっ」
いやぁ、まいったといわんばかりにカラカラ笑っている。
「勝手に蘇らせておいて先に逝くヤツがおるか」
お前のいないこの世界に未練などない。オレもすぐに後を追う、そう言いかけて、
「自ら命を絶つなんてこと、絶対やめてくださいね?」
先手を打たれた。
「あなたの中には私の一部が入ってるんですよ。謂わば一心同体なんです。大丈夫ですよ。私はずっとあなたの中に居るんですから、そんな怖い顔しないでください。ね?」
アバンは、ギリっと奥歯を噛みしめ険しい顔をしているハドラーを覗き込むようにし、銀糸のような髪をするりと耳にかけ優しく頬を撫でた。
「ねぇ、ハドラー、私の代わりに見届けて。この世界の行く末を。私の愛した地上の未来を」
まるで幼い子供に言い聞かせるようにアバンは微笑みかけたが、ハドラーの視界は暗いままだった。
――オレにはお前のいない未来が見えん。
「闘って死ぬことなど、別に怖くなかった。でも今は死ぬことが……ハドラー、あなたのいない世界に行くのが怖くてたまらない」
自分の死を悟ってからというもの、いつも以上に明るく振る舞うアバンがある夜に零した本音だった。
日に日に小さくなっていく命の灯を感じながら、ただ抱き合うことしかできずにいた。
「あなたを残して逝くのはつらいです」
アバンは困ったように眉をひそめて、でも口だけは無理矢理笑うように弧を描いた。
オレを置いていくな。アバン。
ハドラーの声は声にはならなかった。
アバンの細い肩をきつく抱きすくめると、アバンもハドラーの背に手を回して力を込めた。
「このままふたり溶け合って、明日の朝になったらひとつになってませんか……ね」
ハドラーは祈った。この男を死なせないでくれ、と。
人間の神に祈るのはこれが二度目だ。だが、オレにも分かったことがある。
――奇跡はそう何度も起こらない。
アバンがいなくなる。大切な人を失うことは、こんなにも辛い。
魔王として破壊の限りを尽くし、散々命を奪った人々にも皆、大切な人はいたはずで。
何度も神に祈るなんてのは虫がよすぎる話だ。
そんなことは、わかっている。
「最後の最期まで、手を握っていてくださいね。色々ありましたけど、あなたに出会えてよかった。ハドラー、ねぇ笑って。最後にあなたの笑顔、この瞳に焼き付けたいんです」
そう言って柔らかく笑うアバンに言われるがままやってみたが、うまく笑えてたのかどうか自分ではわからない。
わかるのは、オレの顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃだということだけ。
「アバン……」
「ふふ、ありがとう。ハドラー」
静かに微笑んで、そのままゆっくりと目を閉じた。
眠っているかのように見えたが、アバンが再び目を覚ますことはなかった。
ハドラーはアバンの手を両手で握りしめたまま、咆哮をあげた。
◇
「うわっ、いたのかよ」
突然パッと周りが明るくなったことに驚いて後ろを振り向くと、背後にポップが立っていた。
どれくらいの時間が経ったのかわからないが辺りはすっかり暗くなっていて、訪ねてきたポップに「明かりくらい点けろよな」と言われるまで、家に入ってきたことすら気付かなかった。
「……った」
「え?何だって?」
「アバンが逝った」
「……そっか」
ポップはベッドに近づくと、横たわるアバンを見つめ目を細めた。
「先生、眠ってるみたいだな」
アバンの亡骸を前に以外と冷静なポップに向かって、お前はもっと取り乱すと思っていたぞ、というと、
「オレもそう思ってたよ。でもなんか先生幸せそうでさ、なんか妙に納得したようなよくわかんないような、不思議な気持ちだよ」
まだ実感湧かないだけかもな、と鼻の頭を掻いた。
アバンたっての希望で葬儀は小さな教会でしめやかに執り行われた。弟子たちがかわるがわる白い棺に色とりどりの花を手向けている。
出棺の前にポップが気を遣って、先生とハドラーふたりだけにしてやってくれないかと周りに頼んでくれていた。
自分のことはてんで鈍いくせに、昔から人のことになると相変わらずよく気の付く奴だと感心する。
棺に横たわるアバンはいつもと変わらず綺麗な顔をしていて、眺めていると本当にただ眠っているだけのような気がしてきた。
「アバン、起きろ」
そろりと白い頬を撫でる。
いつだったか城の祝い事でしこたま飲んで帰った翌朝、珍しく寝起きの悪いアバンを起こしに行ったとき「おはようのキスしてくれたら起きますよぉ」と、んーと唇を突き出されたことがある。
あのときは「そんな恥ずかしいマネできるかっ!」とアバンを米俵のように担ぎ居間へと運んだのだった。もーっ照れ屋さんですねぇとクスクス笑っていたアバンのことを昨日のことのように思い出す。
「なぁ、起きてくれ」
オレはアバンにそっと口付けた。
「キスしたら起きるんだろ……」
もう一度、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
「目を開けてくれ……アバン……」
アバンが目を開けることはなかった。
白い顔にポタポタと雫が落ち、いくつもの水玉模様を作る。
ハドラーの喉がひゅっと鳴った。
次の瞬間。
「うっ……くっ……」
突然息ができなくなった。
「ハドラー!どうした?」
あまりに苦さにもがいていると、異変に気付いたポップがバンと扉を開けて駆け寄ってきた。
「過呼吸だっ」
ポップは懐から薬草の袋を取り出し、大急ぎで中身を振って出しハドラーの口へ袋を当てる。
「ゆっくり息を吐いてから吸うんだ。そう、ゆっくり」
吸って吐いてを何度か繰り返し、なんとか呼吸を整えたハドラーが口を開いた。
「教えてくれ、ポップ」
ハドラーは大きな体を小さく屈め、肩で大きく息をしている。
「呼吸の仕方すらわからなくなるとは。オレはいつからこんな弱い奴になったんだ」
目に涙を溜めてそう尋ねる元魔王のことをこの青年はどう思っているのだろうか。
「オレさぁ31歳になったんだ。大戦の時の先生と同じ歳なんだぜ。あの時の先生って大人で、強くて、優しくて。なのにさぁ、オレ、この歳になってもびっくりするくらいガキのままなんだよ。やっぱ先生ってすげーんだなって思ったよ。その先生が選んだのがアンタだろ!」
ハドラーの背中をバシッと叩いた。
「思いっきり泣いていいんだぜ、ハドラー。ここにはオレとアンタしかいないからさ」
ポップは背中を丸めてしゃがんだままのハドラーの背に寄りかかり、オレはアンタの泣き顔なんてとうの昔に知ってるしな。ニヒヒと意地悪く笑う。
「鼻タレ小僧が生意気言うな」
「うるせー、鼻水はハドラーの専売特許じゃないんだぜ?」
肩をすくめ、三十路に向かって小僧とか言うなよなーと口を尖らせているポップも、いつのまにやら涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「みんな、みんな、先生のことが大好きだったんだ」
大の男が二人して声をあげてわんわん泣いた。
傍から見たらなかなかシュールな光景だ。
これを見てアバンもあらあら、ふたりとも泣き虫ですねぇ、なんて笑ってくれたらいいなと思った。
◇
葬儀から数日はアバンの弟子たちが代わる代わる家にやってきては、何かと世話を焼きにきてくれた。
調理しなくてもすぐに食べられる物を差し入れてくれたり、手合わせしてくれとせがんだり、用もないのに勝手にやってきては居間でお茶会を始める女たちもいた。
そのおかげか寂しさを感じる間もなく、お前たちはホントやかましいなと軽口を叩けるくらいに素直に有難いと思えた。
しばらくするとみな自分たちの生活に戻っていったが、ハドラーは未だにアバンのいない生活に慣れてはいなかった。
茶でも飲むかと鍋を火にかけたが、茶筒が空だ。茶葉のストックがとこにあるのか、わからない。吊戸棚や納戸を探してみたが見当たらなかったので、仕方なく白湯を飲んだ。
特段腹は減ってなかったが、とりあえず飯を作ってみることにした。目玉焼きと野菜のスープ。
これまでと同じ材料・道具を使い、同じ調理法のはずだがあまり美味くはない。あいつが作ったものなら、やれ黄身に火を通しすぎだとか、もうちょっと味付けを濃くしろだとか色々文句も言えたのだが、自分が作ったのではぼやくことしかできない。
オレが持っていても役に立たん、と形見分けで弟子たちに色々持っていってもらったため、家にあるアバンの物は少なく、残っていたのは流しの歯ブラシ、クローゼットの服、家事をするときに着けていたエプロンくらいだった。
「えっ! 歯磨きしたことないんですか? 魔族は虫歯にならないんですかねぇ」魔族の口内環境と虫歯菌との因果関係がとても気になりますねぇ。ぶつぶつ独り言を言ったかと思うと、「虫歯にならいとしても、エチケットですから! あなたも歯を磨いてくださいね。あ、もしかして磨き方がわからないとか? じゃあわたしがやってあげますから、はい、あーんして?」拒否しようものなら歯ブラシでアバストされそうな勢いだったので、大人しく口を開けた。
「自分で脱ぎますから! ボタン引きちぎるのやめてくれません?」むすっとした顔のアバンと目が合った。脱がせたいのだと言うと「じゃあボタンは一個ずつ外してくださいよ。繕うの大変なんですから!」わかったが……じれったいな。「焦らなくても夜は長いですから……」細い指先でオレの顎をなぞるアバンの色を含んだ仕草に、やはり我慢ができずボタンは飛んだ。「こらっ!ハド……んっ……」言い終わらないうちに口を塞いでしまえば、文句がすぐに甘い声に変わるのはいつものことだった。
紐が解けているぞ、と背後から声を掛ける「今手が離せないんで結んでもらえませんか?」アバンは洗い物をしながら顔だけこちらを向けた。エプロンの紐に手を延ばし蝶結びにする。「ありがとうございます、ハドラー。以外に手先が器用ですよね、あなたって。服のボタンは引きちぎっちゃうくせに」こやつ……相当根に持ってるな。
静まり返った家でハドラーは、生活の中にアバンがいた痕跡を見つけては目尻が涙で滲んでいる。これまでポップのことを散々泣き虫だとからかってきたくせにだ。
レオナ姫が人間用の中では一番大きいサイズのものを贈ってくださったんですよ、とアバンが言っていた、二人で暮らす粗末な家には不釣り合いなキングサイズのベッド。それでも男二人で寝るには狭かったのだが。寝相の悪いアバンから肘をくらいながら、窮屈でかなわんと文句を言いつつ、狭いベッドにひしめき合って眠るのは存外悪くなかった。
ひとり大の字になって寝てみるとわかる。
案外広かったんだな、このベッド。
ぽすっと枕に顔を埋めるとアバンの匂いがする。
目を瞑ればすぐ隣にいるような気がして思わず伸ばした手が空を切る。
ついこの間まで、確かにここにいたのに。何度も身体を重ね合わせたあいつはもういない。
「んっ、ぁ……ハドラー……、ハドラーぁ」
気持ちいいと伝えたいのか恥ずかしそうに目を伏せて、何度もオレの名を呼ぶアバンの声が好きだった。
乱れた空色の髪の匂い、
絡ませた舌の熱さ、
目に溜めた涙の甘さ、
重ねた肌の汗ばんだ感触、
オレを迎い入れる胎内の柔らかさ、
まだ、こんなにも……覚えている。
オレはいつか忘れてしまうのだろうか。
アバンのぬくもりを。
アバンと過ごした日々が無くなるわけではないのはわかっている。が、オレはアバンを想い出になどしたくはない。
――女々しいな。
元魔王が聞いてあきれる。
夜とはこんなにも長いものだったか?
はぁっと深く溜息をついたハドラーは、今日もひとり眠れぬ夜を過ごす。
◇
「ダイ!大丈夫か?」
「ポップ!大変なんだよ!」
知らせを受け、急いでダイの元へ向かった。
ダイの話によると、ハドラーと共に魔界でのならず者討伐の依頼を終え帰還する途中、とある奥地に黒魔晶があるという噂を聞きつけ、捜索に向かったのだという。
黒魔晶というのは魔力を無尽蔵に吸収する石のことだ。これを原材料とし、呪術で加工した爆弾が黒の核晶だ。
大魔王バーンによってハドラーの体内に埋め込まれた核晶をドルオーラで抑え込んだバランは絶命。爆発寸前のキルバーンの人形を抱えて空へ飛び、一人地上から消えたダイ。皆で何年も捜索し、やっと見つけたのは数年前のことだ。
ダイとハドラーにとって因縁の黒の核晶。
黒魔晶がこの一帯にのみ存在するものなのかは定かではないが、少なくともこれらを破壊すればその分新たな黒の核晶は造られることはないのだ。二人の意見は「黒魔晶破壊」の一択だった。
討伐後で多少体力が落ちているとはいえ、石の破壊などダイとハドラーの力では造作もないことで。
ただそこで呪術師と居合わせたのが誤算だった。
加工するための石を採掘に来ていたのだろう。一帯の石を破壊されるのを恐れ、なんとか阻止しようとありったけの魔法力を黒魔晶に込めて攻撃してきたのだ。
幸い、一瞬で魔法力を込めただけの黒魔晶には黒の核晶ほどの威力はなかった。それでも黒の核晶を精製できるほどの呪術師だ。相当の魔力の持ち主だったらしい。致命傷を負った二人は瀕死の状態でなんとかキメラの翼を使い、地上へ戻ってきたのだ。
「ダイ、お前の怪我はどうなんだ?」
「ハドラーが庇ってくれたんだ。レオナに回復呪文ベホマかけてもらったし、オレは大丈夫」
「そうか。ならよかった」
ポップはほっと胸をなで下ろした。
「でもハドラーがどこかへ行っちゃったんだ。まだ止血もしてないのに。オレよりもずっとひどい傷だったのにレオナにダイオレを優先してくれって……」
ダイもすでに20代後半になっているが、どうしようポップ、と泣きそうになっている姿は一緒に冒険を始めたばかりのあの頃を彷彿とさせた。
「ハドラーはオレが探すから。ダイ、お前は休んでろ」
「オレも一緒に行くよ!」
「ダメだ。ちゃんと完全回復しとけ。姫さんに心配かけるな」
「……わかったよポップ」
ついて来ようとするダイをなんとか宥め、ポップは尋ねた。
「ハドラーの奴、なんか言ってたか?」
えーと……としばらく考えていたダイがぽつりと呟いた。
「これなら奴に叱られずに済むかな……って言ってた気がする」
◇
オレはすぐさまハドラーを探した。
といっても、ハドラーの行きそうなところなんていくつもない。
ハドラーはすぐに見つかった。
確かにひどいダメージを受けたと聞いたが、すぐに回復呪文をかければ一命をとりとめることはできたかもしれないのに。
でもアンタはそれを望まなかった。
体中の血がすべて流れ出るまで、かなりの時間を要したはずなんだ。
段々と冷たくなり、固まる身体。
二つの心臓が順に止まるその瞬間まで、相当な痛みがあったはずなんだ。
苦しかったに違いないんだ。
でも笑ってたんだ。
先生を抱きしめるように墓石を抱きかかえ、幼い子どものように背中を丸めて横たわっていた。
手には空色の花を握り締めて。
まるでいい夢でも見てるかのように微笑んでた。
ハドラーからは生前、オレの遺灰はよく晴れた日にアバンの眠る丘の上から撒いてくれと頼まれていた。
「なに言ってんだよ。冗談やめろよ」
そのときは、縁起でもねぇ、とぶっきらぼうに返事をしたがあれは本気だったんだ。
「まだ……ダメか……」
魔界での討伐依頼の後に俯き呟くハドラーの姿を何度も見かけたことがある。
先生の言いつけを守って自死を選ぶことはしなかったハドラーだが、本当はずっと死にたがっていたんだ。
一刻も早く先生の元に行きたくて。
「じゃあな、ハドラー」
アバンの墓石の前に立ち、ポップは遺灰の入った袋に声を掛けた。
袋を逆さにし、遺灰をさらさらと掌に落とす。
それはキラキラと舞い上がり、辺り一面を銀色に輝かせたあと、ふわりと風に乗って青い空に消えた。
――先生によろしくな。