Please reload or enable CSS.

Flageolet

二次創作サイト

雨は… #ハドアバ

雨は… #ハドアバ
20230720195954-itomaki_peg.jpg
身体の関係はあるけど、お互い好きとか言わないハドアバ。
雨の日にハドラーを想うアバンのお話です。


--------------------


 雨は嫌いです。特にこんな静かな雨の日は。
 暗い雲の隙間から銀糸のように降り注ぐ雨はとても綺麗で、嫌でもあの人を思い出すから。

 出窓のカウンターに肘をつき、窓ガラスに伝う水滴を内側から指でなぞった。
 雨は嫌いだと言ったけれど、実のところ嫌いなのは雨ではなく、なんでもハドラーに準えて考えてしまう自分自身のことなのだとわかっている。

 この止まない雨のように考えることをやめられず、ぼんやりと外の景色を眺めていた。


 街の花屋の娘に一目惚れし、今度声をかけてみようか悩んでいるんだ、いきなり話しかけて嫌われたりしないだろうか、と恋愛話に花を咲かせる城の兵士たちを横目に、静かに微笑みながらもその光景をどこか冷めた目で見ていた。

 羨ましかったんです。
 あの時の私は誰かを好きになることなど、自分には縁のないことだと思っていたから。
 誰かを想い、悩む彼らがキラキラと輝いてみえた。眩しかった。
 今を生きている、という感じがして。

 今の私は周りから見たらあんな風に光って見えているのでしょうか。
 実感は何一つありません。だって私の現実は、こんなにも苦しくてせつない。


 なぜ、ハドラーなんでしょう。

 本当はわかっているんです。
 理屈じゃないんです。人を好きになることは。

 普通ありえないじゃないですか。魔王と勇者ですよ?
 止められるものならとっくにそうしています。

 物分かりのいい子供だと、よく言われました。自分でもそう思っていました。自分のことを自分でコントロールできない日が来るなんて、思いもよらなかったんです。




 思えば、この関係ははじめから異様だったんです。

 戦いは膠着状態。私もハドラーも、ふたりとも体力も魔力も使い果たし、決着はつかないまま互いの胸倉を掴み合ってゼロ距離で睨み合った。
 身体はまだ戦闘モード。昂った感情の行き場がなく、燻ぶった身体をどう扱っていいのかわからず、これで終わりにしたくないという焦燥感だけが募っていて。
 目を逸らした方が負け。瞬きさえも許されざる状況の中、互いの瞳がかすかに揺れた。
 次の瞬間、どちらからともなく口づけていた。

 なんであんなことになったのか、自分でもわからない。

 ええっと、これなんて言うんでしたっけ?
 そう、『吊り橋効果』だ。怖くてドキドキするのを恋していると錯覚するやつ。私の脳は、戦いによる胸の昂りを恋愛のドキドキと勘違いしていたんです。きっと。

 夢中で咥内を貪り合った。
 途切れ途切れの呼吸の合間、薄く開けた目の端に、ハドラーがキメラの翼を取り出し放り投げるのが見えた。


 次に目を開けたときには、薄暗い洞窟内に設えた部屋にふたり、立っていた。石造りの寝台の脇にある燭台では蠟燭の炎が静かに揺れていた。

「来い」
 ハドラーは寝台にドカっと腰を下ろし、ローブを脱いで上半身裸で偉そうに言った。

「命令しないでください」
 言われなくても行きますし、とムッとしながら私は答える。

 パチンパチンと鎧の留め金を外していく。肩当てがカランと音を立てて石畳の床に転がった。ブーツを脱ぎ、ハドラーの両足の間に膝を立てる形で寝台に乗った。私はハドラーの両肩に手を置き、眼下の男をまじまじと見た。
 この角度で魔王を見下ろす人間というものは、多分私くらいしかいないだろうな、と束の間の優越感に浸っていると、何をニヤついてるんだとハドラーに怪訝な顔をされた。

 私の腰に手を回したハドラー手が脚の間にするりと入る。ビクっと身体を強ばらせた私にハドラーは、もしかして、と前置きしてから訊いた。

「まさかお前、初めてか?」
「わ、悪いですかっ」

 顔を真っ赤にする私に、ハドラー呆れたような口調で言った。

「経験もないくせにこんなところにノコノコ着いて来たのか?」
「着いて来たって……お前が勝手に連れてきたんでしょうが!」

 ムキになって騒ぐ私に興醒めしたのだろうハドラーは、はぁと大きく溜息をついた。それを見た私は少なからずショックを受けた。自慢じゃないけど私は男性はおろか女性とも関係を結んだことがないし、魔族なんて以ての外だった。一体、私のどこに手練手管の要素があるように見えたのでしょうか? 私は悔しいような悲しいような気持ちが綯交ぜになって、キュッと下唇を噛んだ。

 けれどもハドラーは、存外優しく私を抱いた。

「……痛かったら言え」

 自らの爪を折り、時間をかけて後孔を解した。無理やり挿入したりもしなかった。戦いの後だから傷だらけで、私の肌はあちらこちらに血が滲んでいたけれど、セックスでは一滴の血も流れなかった。

 それから幾度となく、一戦交えた後は決まって裸で第二ラウンドにもつれ込むのが常だった。

 喉を仰け反らせていや、やめて、もうだめ、を連呼する私の跳ねる身体を押さえ付けながらハドラーは「堪え性がない奴だな。まあ、でも勇者の泣き言を聞けるのは気分がいい」などと悪趣味なことを言って笑う。

 そんなことを言いながらもハドラーは、自身でつけた私の身体の傷を労わるようにキスをした。先の戦いを振り返るように、傷を一つ一つ確かめるように「思ったより傷が深いな」と、その詫びだとでも言うように全身くまなく舌でなぞった。

 意趣返し、というわけではないが、私もハドラーの傷を舐めてみたことがある。正直、魔族の青い血がどんな味なのか知りたいという知的好奇心もあった。人間の赤い血同様、鉄分のような何かの金属っぽい味がした。騎乗位のままうーんと唸り、しばらく何の成分か真剣に考え込んでいたら、どうやら最中に放っておかれ機嫌を損ねたらしいハドラーにわき腹をくすぐられ、思わず変な声が出た。魔王のくせに可愛いとこありますね、とクスクス笑ったら、そのあと散々泣かされたのだけど。

 戦いの延長戦だったセックスは、いつの間にか文字通りの互いの傷をなめ合う時間となった。
 もはや『吊り橋効果』だったかどうかなんて何の関係もなくなっていた。回を重ねるごとに気付いていたけど、もう誤魔化せない。

 私はハドラーが好きです。

 ハドラーに気持ちを確かめたことは一度もない。
 だって、訊いてどうするんです?

 ――私のことが好きですか?

 ノーと言われ、ただの性欲解消の相手だと再認識するのか。

 万が一、イエスと言われたとしてどうするのか。
 別に、どうにもなりませんよね。

 傷付け合って、慰め合って、こんな関係がいつまでも続くわけないとわかっていても、少しでも長くこうしていられたら、と願ってしまう私はなんて愚かな勇者なのか。

 いっそのこと乱暴に貫いてくれたほうが割り切れたかもしれないのに。

 優しさなんていらないのに。

 共に生きる未来など、ないのに。

 ――初恋は実らないものなんだってさ。

 これは誰が言っていた言葉だったか。忘れたけど、別にどうでもいいことです。
 初恋でなくても、実るはずがないのだから。




 着の身着の儘、外へ出た。
 急に降り出したわけでもないのに、この雨の中、何故傘も雨除けも無いまま出歩いているのかと、道ゆく人達に不思議そうな顔をされるが、構わず歩き続けた。こうしていれば涙を流していても気づかれることはない。私が人前で堂々と泣ける唯一の方法だった。知り合いに会って理由を尋ねられたのなら、途中で雨具が壊れてしまったのだとでも言えばいい。
 雨は涙とともに頬を伝い流れ落ちるけれど、心のもやもやまでは流してはくれない。澱は胸の中に溜まる一方だった。

 街外れの人気のない通りまで来て、随分と遠くまで来てしまったと後悔した。流石に寒くなってきて、近くにあった小屋の軒先で立ち止まり肩をすぼめた。空き家なのか、ヒビの入った窓ガラスから中の様子を伺うも人の気配はない。軒裏の蜘蛛の巣には吹き込んだ雨でついた水滴がきらりと光っている。

「何やってんだ」
 不意に視界が暗くなった。

「風邪……ひくぞ」
 ハドラーは雨に濡れて冷えた私の身体をすっぽりと自身のローブで覆った。服が濡れ、ぴたりと密着した部分から、冷えた身体にじんわり熱が伝わってくる。

「そんなに雨が好きなのか」

 そんなにオレのことが好きなのかと問われているようで無性に腹が立った。

「嫌いです、雨なんて」
 空は暗いし、服が濡れるし張り付くし、と私はぶつぶつ文句を言った。

「オレは好きだ」

 自分のことを言われているわけではないとわかっているのに、私の心臓はその言葉に一瞬で反応し、跳ねた。

「嫌いです……」

 目の前にあるハドラーの胸元のローブをギュッと握って少し引いた。
「あなたの、せいですよ」

「そうか」
 それは悪かったな、ハドラーはそう言いながら悪びれる様子もなく、濡れた私を抱きしめたまま頭の上に顎を乗せ、こつんと軽く小突く。

 八つ当たりもいいとこだと自分でも思う。私は申し訳なさが勝り、ハドラーを見上げて言った。
「嘘……。本当は、好き……です」

 その言葉でハドラーの頬が一瞬、緩んだように見えた。

「い、言っておきますが、雨のことですからね?」
 なんだか愛の告白をしたみたいな風に聞こえてしまったのではと思い、私は慌てて弁解し、下を向き顔を隠した。

「……そうか」
 俯いたまま顔を上げようとしない私の頭上から優しくて低い声が降り注ぐ。

「オレは雨も好きだが」

「雨()、ってどういう意味ですか?」
 思わず顔を上げて食い気味に尋ねてしまった。随分と必死だな、と自分でも思うがこの言葉は聞き捨てならない。

「さあな」
 ハドラーはニヤリと笑うと、濡れて額に張り付いた私の前髪を指で器用に横に流した。額から流れた雫が小鼻を伝い、唇の端に溜まる。それをハドラーは親指で拭った。
「はどら……、ん」
 どういう意味で言ったのか問いただそうとハドラー、と呼びかけ開いた口は、ハドラーの親指で大きく開かれ、侵入してきた舌に阻まれた。身体が冷えたせいで紫色になっていた私の唇が本来の色を取り戻すまで、それほど時間はかからなかった。

 まだ雨はしばらく止みそうにない。
ページ上部へ