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イマジナリー・ラヴァー


両片思いのヒュンアバ。イマジナリー先生を召喚して夜な夜なソロプレイにいそしむヒュンケルに、ある日起こった出来事とは・・・?#ヒュンアバ  #R18
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どうしてこんなことになっているんだ?

にわかに信じ難い光景が目の前にあった。

カールのとれかけた空色の髪が白い頸に張り付いている。髪の先から雫が落ち、首筋をなぞってしなる背中に汗がつたう。桜色に火照った尻の間には、ヒュンケルの性器が深々と突き刺さっていた。

細い腰を掴んで揺すると、喉を仰け反らせて鳴いたのは、

――アバンだった。

これはオレの夢の中なのか?
それとも妄想の世界に浸っているだけなのか?

わけがわからないまま、ゆるゆると抜き差しを繰り返しながら眼前の白い背中を見つめていた。

◇

魔王軍という特殊な環境で育ったため、ヒュンケルには自分が人間としての感情はあまり持ち合わせていないという自覚があった。それは性に対してもそうで、いわゆる思春期というものを経験していないせいもある。過去に女を抱いたことが無かった訳ではないが、あまり記憶に残っていない。

捕虜の女を充てがわれることはあった。女に無体を働くなという父バルトスの言葉を遵守していたのもあるが、そもそもあまり女というものに興味がなかったため、何もすることなく帰していた。仕事をしないと帰れないと懇願され仕方なく娼婦を抱いた時も、特に何の感情も湧かなかった。
勃たせて挿れて動いて出すだけ。それは相手が誰であっても同じことだった。

性に対して冷めたところがあるのは、こういう生い立ちからくるものなのだと思っていた。恋だの愛だのといった意味というのは未だよく分からないまま、体だけは勝手に大人になった。なのに、

――抱きたい

初めてそう思った。

オレはあの人のことを師として、人として尊敬しているんだ。好きには決まっている。が、性愛の対象として見ているだなんて、そんなわけないじゃないかと必死に自分自身に言い訳する。
狼狽えている感情とは裏腹に、ヒュンケルの下半身には思っている以上に熱が集まっていた。

神聖な魔法陣を泥で汚れたブーツで踏み荒らしているような罪悪感が胸を締め付ける。

なんとか誤魔化そうと深呼吸してみたり、某妖魔師団長の顔を思い浮かべたりしてみたが、本能には抗えない。仕方無いと諦め、ヒュンケルは大きく溜め息をつくと、ベッドに腰を掛けたまま下着ごとズボンに手をかけてずらした。

今だけだ、今日だけ。
一体誰に向かって言い訳してるのか、自分で言ってて可笑しくなった。
ヒュンケルは自身にそっと触れ、固く目を瞑った。

「……アバン」

随分と切羽詰まった声が出て、その余裕のなさに自分でも驚く。

瞼を開けるとオレの足元にはアバンが屈んで座っていて、オレを見上げている。
「溜まってるんですか?」
アバンはいとけない表情で首を傾げ、開いた脚の狭間に顔を埋めていく。慣れた手つきで根元から上へとゆっくりと扱いていき、ときおり細い指で亀頭を擦る。一段と硬さが増したそれは、身体中の血液が集まってきているかのようだった。

「ふふ……おおきくなりましたね」
ビキビキと血管の浮いた肉棒をアバンはうっとりと眺めている。アバンはチラリと舌先で先端の先走りを舐めとると、
「ヒュンケルの味が……します」
顔を上げて目を細め、赤い舌を見せつけるように自身の唇を舐めた。
壮絶な色気に眩暈がしそうだった。

アバンはそんなことしない。
アバンはそんなこと言わない。
わかっている。
全部オレの妄想だ。

「ヒュンケル……気持ちイイですか?」
解釈違いも甚しい妄想上のアバン(イマジナリー・アバン)は親指と人差し指で輪を作り、上下に扱きながらとオレの先端をチロチロと舐めながら、上目遣いで優しく声をかける。
「我慢……しなくていいんですよ?」
アバンは柔らかく微笑みつつも扱く手を止めず、その動きは次第にスピードを増した。
「全部、受け止めますから」

「アバンっ……」
そうしてヒュンケルは師の顔にすべてを吐き出した。

白濁した液体が宙を舞い、ポタポタと床に落ちて小さな水溜まりをいくつも作った。

ヒュンケルの泊まるこの部屋は、パプニカにほど近い長期間での契約が可能な宿だ。宿泊者自らが清掃をすることを条件に安めの値段設定となっているため、最近の拠点にしている。掃除は別に苦ではない。ヒュンケルは用具入れから雑巾を取り出し床を拭いた。精液の独特な臭いが鼻をつく。
すでに日は落ちて外は暗かったが大きく窓を開け、窓とは反対側にある入口の扉も開けた。外気に面した廊下から窓へとひんやりとした風が通り抜け、一瞬で熱気の籠った部屋の空気を変えていく。扉を閉めてふうっと息を吐き、再びベッドに腰かけうなだれた。

……一体何をやってるんだオレは。
ふと冷静になり、今しがたの自分のした行為を振り返る。

こういう時間のことを巷では賢者タイムというらしい。なぜ賢者というのか由来はわからない。ヒュンケルの知ってる賢者、というか大魔導士は二人とも、揃いも揃ってスケベな奴だからだ。スケベな奴が反省する時間、という意味だろうか。
師をオカズに自慰行為し、あまつさえ顔射までしたオレにそんなことを言われる筋合いはないと怒られそうなので、これくらいにしておこう。

妄想の中のアバンは淫らでエロい。オレの妄想なんだから当然といえば当然で。今日だけ、なんて言ったが、これきりで済むとは到底思えなかった。
先ほどの痴態を思い出し、ヒュンケルは早くも下半身にむず痒さを感じていた。ヤバいな。このままだと二回戦突入しそうだ。

そのとき、コンコンと扉をノックする音が部屋に響いた。
「ヒュンケル?入ってもいいでしょうか?」
アバンの声に一瞬ドキリとした。

なんてタイミングなんだ。

掃除も念入りにしたし、換気もした。痕跡は残っていない。自慰という行為自体は別に悪いことではない。それはわかっているが、師をオカズにしたという後ろめたさがあった。なんとなく気まずい気持ちを隠し、下半身に刺激を与えないようヒュンケルはベッドに腰かけたまま返事をした。

「……開いている」

「お邪魔しますね」
紙袋を抱えたアバンが様子を伺うように扉の影からひょこっと顔を出した。
「美味しいと評判のワインを頂いたんです。近くを通りかかったら宿の窓にあなたの姿が見えたので」
一緒にどうかなと思って、と紙袋をテーブルに置きワインの瓶とクラッカー、それからチーズを取り出した。グラスお借りしますね、と宿に備え付けの小さな食器棚からグラスを二つ取り出したところで、ベッドに腰かけたまま微動だにしないヒュンケルを怪訝そうな顔で見た。

「どうかしたんですか?」

具合でも悪いと思ったのか、アバンは両手に持ったグラスを一旦テーブルに置くと、ベッドに腰かけたヒュンケルの脚の間に膝を立てて座り、顔を覗き込むように下から見上げた。

「大丈夫ですか?」

アバンの顔が妄想のアバン(イマジナリー・アバン)と重なる――。

上目遣いでオレを見つめ、薄く開いた唇から赤い舌が覗いている。
これはまずい。じわじわと熱がある一点に集中するのがわかる。ヒュンケルは、なんとか誤魔化さねばと股間を隠すように両腕を身体の前に持ってきた。何でもないんだと言いかけたとき、アバンは訊いた。

「溜まってるんですか?」

「――は?」

思わず素っ頓狂な声が出た。

もしかしてさっきの――アバンに知られているのか?
まさか、いや、そんなことは無いはずだ。心臓は爆発寸前だったが、なるべく平静を装って訊き返した。
「た、溜まってるって……な、何がだ?」
「何がって……疲れですよ」
アバンは心配そうにヒュンケルを見た。
「最近とてもたくさんの仕事を請け負っていると聞いたので」
気になってたんです、と付け加えた。

たしかに最近、ヒュンケルは仕事を詰め込んでいた。余計なこと、つまり、アバンを抱きたいなどという邪なことを考えないようにするためだった。
しかし、疲労と性欲は溜まる一方だった。

「なんだ……そうか」
バレていたわけではなかったとわかり、ほっと胸をなでおろした。
何だと思ったんです? とアバンは不思議そうにこちらを見ている。

「疲れているならお酒はやめておいたほうがいいかもしれませんね」
そう言うと出したばかりのグラスを手に取ると、食器棚へ戻した。
「クラッカーとチーズは明日の朝食にでも召し上がってください」
アバンは、お酒はまた今度一緒に飲みましょうねと微笑んで、持ってきたものをそのままテーブルに置いてドアノブに手をかけた。

「折角来てくれたのに、すまないな」
「いいえ。私のほうこそ突然伺ってすみません。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう。おやすみ、アバン」
「おやすみなさい、ヒュンケル」

扉がパタンと閉まり、コツコツと廊下を歩く足音が聞こえる。アバンは行ったようだ。
美味しいものを一緒にとわざわざ訪ねて来てくれたのに、申し訳ないことをした。
だが、半勃ちになっているところを見られるわけにはいかなかったし、アンタのことを考えていたら勃ったなどとは口が裂けても言えない。
ヒュンケルはまたも首を垂れて大きく息を吐いた。

「抱きたい……」

◇

おやすみなさいと告げ、アバンがヒュンケルの部屋の扉を閉めると同時に、隣の部屋から男性が出てきた。アバンが軽く会釈をすると、男性は咥え煙草をしたまま少し顎をしゃくって答え、靴音を鳴らしながら目の前を通り過ぎ、廊下の端にある階段を下りていった。アバンは扉に背中をつけたまま、しばらくその場に立っていた。

――抱きたい。

確かにそう聞こえた。

21歳ですもんね。
ヤリたい盛りの若者ですからね。
別に不思議なことでもなんでもありません。

それに疲れている時にしたくなる現象があるということは、実家の書物で読んだことがあり知っていたのだ。なんだかつらそうな声でしたね……。

何か力になってあげたいなと思っているが、アバン自身があまり性欲を感じたことがなく、自分で処理をしたのも数えるほどしかなかったため、こんなときどうしたらいいのかがまるでわからなかった。ふと自分が女性だったのならこういうときに発散させてあげられたのかなと思ったが、ヒュンケルは性欲処理のために女性を利用することは絶対しないだろうことはわかっていたから、そんな想像は無意味だった。

わ、私は一体何を考えているんでしょうか。

発散させてあげたい、だなんて烏滸がましい。
ヒュンケルのためだと言いながら、アバンは自分がヒュンケルに抱かれたいだけなんじゃないかと気づき、赤面した。私ってば、なんて浅ましいんでしょう。

アバンは邪な考えを振り払うようにぶんぶんと頭を振り、自分の宿へと戻った。

◇

あれからヒュンケルはほぼ毎晩アバンを召喚した。

目を閉じて、頭の中にアバンを思い浮かべる。再び目を開けたとき、聖母のような、ときには娼婦のような微笑みで、アバンはヒュンケルに笑いかける。

アバンは日を追うごとに大胆に、妖艶になっていった。

まるでアイスバーを頬張るかのように小さな口いっぱいにオレを含む姿は、支配欲をすこぶる刺激した。ギンギンに勃ち上がっているアイスバーは口内で溶けそうで、アバンは滴り落ちる溶けたアイスを美味しそうにカリ首から舐め上げ掬いとっている。

アバンは自らヒュンケルに跨り、ヒュンケルの腹筋に両手を置き、腰をくねらせ自分でイイところを見つけると、しなやかな裸体を反らし淫らに腰を振る。そして艶かしい唇で、オレが欲しい、もっと欲しいと強請るのだ。

「気持ち、いい……、ヒュンケル……」
「もっと……おく、来て欲し、い」
「あ、あ、おく……っ、熱、い」
「も、ぉ……いきそ、ぅ、イ、く」

妄想のアバンは煽情的でテクニシャンだった。ヒュンケルはあっという間にイかされる。自慢じゃないが、素人童貞の妄想力は半端ではない。一度射精するとアバンは居なくなってしまう。そして、現実に戻った時の虚しさも半端ではないのだった。

こんなの有り得ないだろうと思えば思うほどに、ヒュンケルの妄想は股間とともに膨らんでいく。
甚大な虚無感と引き換えに束の間の恋人(イマジナリー・ラヴァー)を手に入れる、この妄想のアバンと過ごす時間は諸刃の剣だとヒュンケルは思った。

これは余談になるが、先日パプニカでの仕事終わりにエイミに出会った。
エイミには過去に好意を寄せられていたことがある。ヒュンケルの目にアバンしか入っていないことがわかると、自分の入る余地はないと早々に判断し気持ちを切り替えたのだという。こういうとき女は切り替えが早いのだとエイミはカラカラと笑った。ヒュンケルには女の考えというものはよくわからなかったが、エイミは今では良き友人の一人だ。

エイミはパプニカ三賢者の一人でもある。ちょうどいい。ヒュンケルは賢者タイムの由来が何か知っているかと尋ねてみると、
「わたし女なのよ? そんなこと聞かないでちょうだい!」
とエイミは顔を真っ赤にして怒った。
じゃあ男であるアポロに聞いてみるか、というと「やめなさいよ!」とまた𠮟られた。わからないから尋ねているのに、なぜだめなんだ。やはり女はよくわからん。

◇

かなり遅くなってしまいました。
アバンは待ち合わせ場所であるパプニカの大衆酒場へと急いでいた。
酒場の木製の分厚い扉を開けると、扉はギィと音を立てて開いた。かなり大きな音がしたのだが、酒場は大勢の客で賑わっていて、中の喧騒で客たちにはちっとも気にならない様子だ。

アバンもヒュンケルもパプニカで仕事の案件があり、仕事終わりに久しぶりに飲もうという話になった。
先日ヒュンケルの宿へ行ったときも、疲れてる様子のヒュンケルを休ませるためすぐ帰ったのだった。もらったワインも飲まず仕舞いだった。
久しぶりにお酒を飲みながらゆっくり話ができると思って、楽しみにしていたのに。
少し遅れるかもしれませんけど後から必ず行きますから、とあらかじめヒュンケルには伝えてあったのだが、こんなに遅くなるとは想定外だった。会議が始まる少し前、今日の司会進行役の大臣はとぉっても話が長いわよ、とレオナ姫が小声で耳打ちしてきた通り、本当に長かった。会議は太陽が一番高くなる時刻より前に始まったというのに、終わったときには辺りはすっかり暗くなっていた。

ヒュンケルはどこにいるだろうか。カウンター、テーブル、ボックス席など、薄暗い店内をざっと見回したが姿は見えない。

「あの、すみません。ヒュンケル……ええと、銀髪の青年は来ていましたか?」

出入り口近くのカウンターテーブルでウイスキーのグラスを片手に煙草をふかしていた、白髪混じりの初老の男性に尋ねてみる。
「あぁ、あの剣士のあんちゃんなら、今さっき帰ったぜ」
頭髪とお揃いの髭をたくわえた顎をさすりながら男性は答えた。
「あんたがアバン?」
「はい、そうですが」

聞くと、随分長いことアバンを待っていたが、その間に結構飲まされたらしく酔ってしまったそうだ。
カジノで大当たりした常連客が、宵越しの金は持たないとばかりに周りの客に酒を振る舞っていたらしい。
「タダ酒飲めてラッキーだったぜ」
あんたももう少し早かったら酒にありつけたのに残念だったなぁ、と男性は上機嫌でロックグラスを揺らしてみせた。

アバンという男が来たら、宿へ戻るからまた今度飲もうと伝えてくれと頼まれていたのだそうだ。
「伝言ありがとうございました」
男性に礼を告げ、アバンは酒場を出た。

ヒュンケルが見知らぬ人に勧められるまま酒を飲むなんて珍しい。私が来るのを待っていて、帰るに帰れず断れなかったのかもしれない。ヒュンケルは大丈夫だろうか?
少しだけ様子を見に行こうと、アバンはヒュンケルの宿へ足早に向かった。

「ヒュンケル?」

ヒュンケルの部屋の扉を数回ノックするも返事はない。
ドアノブを回すと鍵はかかっていないようだった。入りますよー、とそっと扉を開けて中の様子を伺った。

ヒュンケルはベッドボードに背をもたれ、片方の膝を立てて座っていた。
目は閉じている。寝ているのだろうか。

「ヒュンケル、大丈夫ですか?」
アバンはベッドに駆け寄り、そう尋ねてから眠っていたのなら起こしてしまって申し訳ないと思った。だが、声をかけてしまったものはしょうがない。
ヒュンケルは目を開けてしっかりとこちらを見た。
「アバンか」
ひどく酔っているみたいだと聞いたが、心配なさそうで安堵した。

「体調どうですか?」
お水持ってきますね、とシンクへ向かおうとしたその時、突然ヒュンケルはアバンの腕をがしっと掴んで引き寄せ、自分の胸の中に抱き込んだ。

「わっ」
がっしりとした厚みのある胸板に頬をつけるように倒れ込む。
お酒の匂いや酒場に蔓延していた煙草の匂いに混じって汗の匂いがする。ヒュンケルの匂いだ。
なんだかドキドキしてしまい固まったまま動けずにいると、
「いつもみたいにしてくれないのか?」
アバンの髪に顔を埋めるようにして抱いたまま、ヒュンケルは低く囁いた。

いつも? ……って何でしょう?

「今日は大人しいな」

今日は? 誰かと間違えているのでしょうか?

「どうした? アバン」

ヒュンケルが呼んでいるのはアバンという名だが、アバンには身に覚えがなくてさっぱりわけがわからなかった。
さも当然かのように髪を撫でてくるヒュンケルに戸惑っている。

アバンは思った。
そうか、ヒュンケルにはきっとアバンという名の恋人がいるのだ。同じ名前の恋人がいるとは私には言いづらかったのだろう。ヒュンケルは酔ってその人と私を間違えているに違いない。

「か、勘違いしてますよ」
両手をつっかえ棒のようにしてヒュンケルの胸板を押し返し、背を向けた。

「焦らしてるのか」

ヒュンケルは背後からアバンを抱きしめ、手慣れた感じで首筋にキスをした。
「んっ」
アバンが肩をすくめて身を捩ると、随分と可愛い反応するんだな、とヒュンケルはフッと笑った。

「アバン……」
首筋にかかる息が熱い。
少しくすぐったくてまた少し身を捩った。

もうひとりのアバンはいつもこんな風にヒュンケルに名を呼ばれ、優しく抱きしめられているのだ。
羨ましいですね……。
胸がちくりと痛んだ。

ほんの少しだけ、今だけだから、恋人のアバンのふりをしてもいいだろうか。
酔っているヒュンケルを騙すようで気がひけるけど、あと少しだけ、こうしていたい。

「アバン」
名を呼ばれ顔を上げると口を塞がれた。驚いて開けた口の、その半開きの歯列を割って、ぬるりと舌が押しいってきた。舌裏を撫でられ、吸い上げられるとぞわりとした感覚に肩が震える。

キスってこういうものでしたっけ?

アバンにとってキスとは、軽く唇を合わせるだけのイメージしかなくて、知識として知ってはいても、こんなに深い口づけが自分の身に起こることだとは思ってなかった。絡みつく舌に翻弄され息継ぎがうまくできず、酸欠でくらくらする。

「ぅ、…っんっ」
関節のしっかりしたヒュンケルの指が腰のあたりをゆっくりとなぞる。触れられたところは熱を持ち、じわじわと全身に広がっていく。

服の合わせ目から手が入ってきた。その手は器用にボタンを外していき、片手で胸を弄り、もう片方の手は下へと降りて下着の中へ入ってくる。
「やだ……何を……っ」

遠のく意識を引き戻し、慌てて唇を離した。ヒュンケルの腕を必死に払い除けようとするがびくともしない。うまく力が入らないのもあるが、そもそも腕力はヒュンケルのほうが断然強い。
「やだ、なんて」
かわいいな、とニヤリと口の端をあげ面白そうに笑う。

「たまにはいいな。こういうのも」
両手首を押さえつけられ、仰向けに押し倒される。上着ははだけて胸が露わになった。
「いつもの淫らなアバンもいいけど、初心なアバンも」
唆るな、と乳首を舐められアバンの体がビクリと跳ねた。

「や、…っんっ」

あれよという間に着ていた服を脱がされ、後孔の窄まりにヒュンケルの指が入ってくる。トロリとした液体を纏わせた指を一本、二本と増やされ徐々に拡げられていくと、自分の身体も拓かれていくようだった。自分の意志と関係なく、口をついて出る声に驚くばかりだ。

「ん、あ……っ、は、ぁ」
ヒュンケルは勘がいい。声の反応でわかるのか、あっというまにアバンの気持ちいいところを見つけ攻めてくる。自分の身体じゃないみたいにビクンビクンと腰が跳ねる。

「ま、待って……っ」
「待たない」

散々焦らされて限界だ、というように反り立ったものを充てがわれ、息を呑んだ。
こんなの入るのでしょうか……。
いや、そうじゃないでしょう! 私! 人違いだって言わないと!

アバンの不安そうな表情を読み取ったのか、ヒュンケルは、
「ゆっくり挿れるから」
心配するなと言うように額にキスをし、窄まりを捉えて、ぐ、と押し込んだ。

「は……っ、ぁ」
胎内に入ってきた圧倒的な質量でうまく呼吸ができない。はくはくと口を開いてヒュンケルの背中にしがみつくように手をまわし、肩に顔をうずめる。

「息を吐け、アバン」
ヒュンケルは宣言通りゆっくりと腰を進め、後孔をこじ開けるかのように押し入れる。
アバンは、はあはあと呼吸して圧迫感と痛みを逃し、息も絶え絶えに涙目でヒュンケルを見ると、今まで見たことのない雄の表情をしたヒュンケルと目が合った。

「動くぞ」

言わないと、
「ん、あ……っ、く、ぁ」

私は恋人のアバンではないと、
「ん、ふ……っ、あ!」

説明しないと、でも、
「……んっ……あ、っあ……っあ、ア、ァ」

止められない、
「あっ……、っは、あ……!」

もっと、
「んッ、あ! あっ……っ、ヒュン……ケル……ッ!」

して欲しい、
「っ、あ、やっ……ヒュンケル……っ」

どうしよう、
「ンッ……!! んんんんっ──……!!」

気持ちいい……!
「──……ッ!!」

◇

たった今ヒュンケルは射精した。
それと同時に妄想は終わり、いつもならそこでアバンは姿を消す。
現実に引き戻された後は、床掃除をしてシーツを洗濯し、シャワーを浴びたり着替えたりするのがいつものルーティーンだ。

だが、アバンは消えていなかった。
目の前にいる。

何故だ?

これは現実だ。

改めて思えば、これまで感じたことのない気持ち良さだった。
汗ばんだ肌のしっとりとした感触、耳に心地よい擦れた甘い声、胎内の吸い付くような蠢き、妙にリアルだなとは思っていた。
いつもの大胆で妖艶な妄想のアバンとは違って、恥じらったり、気持ちよさと戸惑いのなかで揺れる表情や、声を抑えようと我慢する姿がヒュンケルの興奮を煽りに煽った。

オレの妄想スキルが上がった賜物だと思っていた。ヒュンケルはついにここまでリアルなアバンを再現できるようになってきたかと、呑気なことを考えていたのだ。

これは本物……なのか?
だとしたらなぜオレはアバンを抱いているんだ?

どういう経緯でこうなったのか、状況はいまいち飲み込めないが、時間とともにヒュンケルの頭は段々と冷静になってくる。残りを吐き出し、ゆるゆると抽送を繰り返していたのをやめ一旦引き抜くと、うつ伏せのアバンを仰向けた。
するとアバンは、
「ヒュンケル……抜かないでください……」
すでに何回もイッているであろう蕩けた顔で熱に浮かされたように名を呼び、いじらしい望みを口にした。

瞬間、血が沸騰した。

「アバンっ」

アバンの片足を自分の肩に担ぎ上げ、一気に奥まで突いた。
夢なのか妄想なのか本物なのか、もはやどうでも良くなっていた。

「あ、んっ、—————ッ!」
アバンの体が激しく痙攣する。
ヒュンケルは最奥に激しく精を放つと、幾度目かわからない絶頂を迎えたアバンは、白い喉を仰け反らせてひときわ高い嬌声をあげた後、両腕をぱたりとシーツに投げ出した。気を失ったようだ。それを確認するとアバンから自身を引き抜き、ヒュンケルもそのまま意識を手放すことにした。

◇

眩しくて目が覚めた。朝のようだ。
昨夜カーテンを閉め忘れていたらしい。今日は天気がいいようで、窓から差し込む光が室内に窓枠の十字の影を落としていた。

ヒュンケルはベッドから身体を起こして周りを見るもアバンはいない。
なんだ、あれはやっぱり夢だったのかとヒュンケルがそう結論付けたとき、カチャと洗面室のドアが開き、身支度を整えたアバンがこちらに向かってゆっくり歩いてきた。

夢ではなかった。

「……」
「……」

静まりかえった雰囲気の中、上階で使う水道の配管を流れる水の音がやけに大きく部屋に響いた。

「あの……」

先に沈黙を破ったのはアバンだった。

「ごめんなさいっ」
アバンは深々と頭を下げた。

なぜアバンが謝るのか分からず、混乱しているヒュンケルにアバンは続けた。
「恋人の振りをして抱かれるなんて、酔ったあなたを騙すようなことをしてすみません。あなたの恋人にも申し訳ないことをしてしまいました」

――恋人?

「オレに恋人などいないが……」
寝耳に水とはこういうことをいうのか、ヒュンケルが心底驚いた様子で答えるとアバンはえっ、と顔を上げた。
「アバンという名前の恋人がいるのではないのですか?」
なぜそんな突拍子もない話がでてきたのか、どうも話が噛み合っていない。互いに顔を見合わせる。

「ヒュンケルは私のことをアバンと呼びかけてましたが、いつもと違うな、とか今日はどうした、とか言ってましたので、私のことではなくもうひとりアバンという名の方がいて、間違えているのだと思っていました」

昨夜、酔って帰ったヒュンケルはいつものように目を閉じた。そして目を開けるといつものようにアバンはいた。ヒュンケルはてっきり妄想のアバンイマジナリー・アバンだと思い込んでたが、あれは現実世界リアルのアバンだったのだ。

「人違いでないのなら、なぜ、あんなことを……」
したんですか……そう尋ねてから昨夜の一連の行為を思い出したのか、アバンは真っ赤になって俯いたので、最後のほうの言葉は聞き取れないくらい小さかった。

「それは……その、」
夜な夜な淫らな師を想像して自慰行為をしていたことを話したら、確実に引かれるであろうことは容易に想像できた。
そりゃそうだ。
だが、こうなってしまった以上嘘はつけない。覚悟を決めろ! オレ!

ヒュンケルは両の拳をグッと握りしめると、これまでのことをすべてありのまま話した。

「えっ、じゃあ、妄想上の私と、その……セックスしてたんですか?」
「……そうだ」
ヒュンケルは恥ずかしさと申し訳なさでアバンと目を合わせられなかった。

アバンは窓際に立ち、窓下のカウンターに手を添えて呟いた。
「私は……もうひとりのアバンがとても羨ましかったんです。名を呼ばれて、優しく触れられて」

アバンはベッドに近づき、床に膝を立てて座ると、ヒュンケル、と呼んで手を取り、自身の手に重ね合わせ頬に当て目を閉じた。
「私……ヒュンケルが好きです」
アバンは重ねた手をそのまま頬から首筋へと滑らせ、胸の上に置いて、ヒュンケルの目を見つめた。

「本物の私に、触れてください」

「アバンっ」

ヒュンケルは驚きと嬉しさのあまり、アバンをきつく抱きしめた。
一方通行だと思っていた。でもアバンもオレを想ってくれていたなんて信じられなかった。なんせ、こんな変態度MAXな告白をした直後だ。嫌われても文句など言えない、そう思っていたから尚更だった。

「私のこと、好きですか?」
「ああ。順番が逆になって本当にすまない」
ベッドに膝を立ててアバンの頭を抱え込むようなヒュンケルの姿勢に、苦しいですよぅと苦笑するアバンの声に構わず、抱きしめる腕に力を込める。

「好きだ、アバン」
アバンの顔は見えないが、ふふっという柔らかい声が耳元で聞こえたので、微笑んでいることはわかった。

「妄想しちゃうくらい?」
「そうだ」
「でも、もう妄想のアバンは必要ないですよね」
「……えっ」

思わず口をついて出てしまった。
本物のアバンと想いが通じたのなら、妄想アバンはもう必要ないのかもしれない。が、妄想アバンでしか得られない快感もあると一瞬思ってしまった自分は確かにいる。

「えっ、ってなんですか? まさか私がいるのに妄想アバンとも続けるつもりなんですか!?」
「ええと、それは、だな」
セックスと自慰は別物だし、それはそれ、これはこれだろ、と段々と語尾を小さくしながらゴニョゴニョと言い訳してしまう。

「私と妄想上の私と、一体どっちがいいんですか?」
アバンの語気には明らかに怒気が含まれている。

「……、……それはもちろん今のアンタに決まってるだろ」
「今なんか間があきましたよね? なんで即答しないんですか?」
「いや、妄想上のアバン(イマジナリー・アバン)も捨てがたいというか……なんというか」
どちらもアバンだし……と正直に答えてから、火に油を注いでしまったと気づいた時にはすでに遅かった。

「なんですか! そのはっきりしない態度は!」
「違うんだ、その」
「ヒュンケルひどい!」

アバンはすっと立ち上がると目に涙を溜めたまま、恨めしそうにヒュンケルを見下ろした。
「もう知りません! 私、帰ります!」
「アバン!」

待ってくれ、と扉に向かって駆け出したアバンの腕を掴もうとベッドから足を下ろしたところで、自身のブーツにつまづき転んだ。ヒュンケルの伸ばした手は、アバンに一歩届かず空中を彷徨う。アバンを追いかけようにもヒュンケルは全裸だった。裸足はかまわんが全裸はさすがにまずい。ヒュンケルは、たった今想いが通じたばかりの恋人の後ろ姿を呆然と見つめるしかなかった。

開いた扉の向こう側、廊下の手すり越しに清々しい朝の空が見えた。
あまりの騒々しさに何事かと表に出てきた隣人は、廊下をバタバタと走り去るアバンの背中と室内の床を這う全裸のヒュンケルを交互に見た後、咥え煙草のまま「若いっていいねぇ」と言い残し、アバンが開けっ放しにした扉を閉めて自身の部屋へと戻っていった。

両思いになった途端に喧嘩することになった二人の、前途多難な物語は続く――。